暗殺ロボット。簡素な帽子にコート、革靴に身を包む。
二丁拳銃の使い手であり、引退していたが、愛犬のために今一度銃を取る。
雨の降る街を一台の車が駆け抜けていく。運転するのは一体のロボット。
ロボットは車のオーディオにCDを入れ、車の中をトランペットの音で満たす。
「可愛いルル」。ロボットは一人呟く。ロボットの名前はX9。
彼は雨が嫌いであり、それは感傷的な気分に彼をさせるからだ。
本来ロボットは感傷などという感情を抱かない。何故、その矛盾が生まれたか。
機械の頭から自身の記憶を辿りつつ、自分の出自を独白する。
かつて彼は、アク配下の科学者たちによって生み出された暗殺ロボット「Xシリーズ」の中の一体であった。
Xシリーズが生まれた理由は、アクが世界征服を手早く行うため、反対勢力の制圧のため用いられた。
彼らの仕事に感情は必要なかったが、生みの親の一人である風変わりな科学者が「面白そうだから」という理由で
物事を学んで理解し、感じる特殊な学習チップをその中の一体に組み込んだ。それがX9だった。
彼は起動後、チップによって他のXシリーズが得られない情報を学んだ。感情と善悪の知識を。
自分と仲間が行っていることは悪であると認識しつつ、反対勢力を狩り続ける。
ロボットは死や生を感じることはなかったが、X9は生きるために仕事を続けた。
彼らXシリーズの欠点は死を恐れないため愚直に攻撃し続ける事しかできず、攻撃を避けることをしなかった。
しかし他のXシリーズにはない感情を得たことから、X9は暗殺において戦略的な行動を取ることが出来た。
次々と仲間が破壊されていく中、ただ一体あらゆる攻撃を避け続けながら戦うX9。
全ての仲間が破壊された激戦の最中、湧き上がるのは仲間たちを奪われたことによる怒りの感情だった。
その感情の赴くままに破壊を繰り返す。街を火の海に変えたX9。そんな彼に奇妙な出会いがあった。
それは一匹の犬、大きくて奇妙なハート型の舌を持ち、そんな舌を出す笑顔が特徴的で、犬種はパグだった。
炎が燃え盛る中、彼はこの小さな生き物を見つめ、犬もまた彼を見つめた。
犬の笑顔に釣られてか、X9の金属で出来た顔にも笑顔が浮かぶ。彼は座り込むと犬の頭を撫で、犬を持ち上げて顔に近づける。
犬は嬉しそうに金属の顔を舐め上げた。X9はこの奇妙な出会いに感動を覚え、犬をルルと名づけ、連れ帰った。
この小さな生物との遭遇は怒りに包まれていた彼の感情を和らげ、慈愛を、そして同時に疲れを感じさせた。
彼は自らの感情に従い、仕事を辞める決意をした。丁度その頃、アクの下に主力となる次世代のロボット「バグドロイド」が完成した。
必然的に彼はお役御免となったが、彼は気にしていなかった。ルルとの新しい生活が待っているからだ。
X9はトランペットの演奏に楽しみを見つけ、ルルはそんな彼の演奏を満足そうに聴くのが日課となった。
彼はこの幸せな時間が長く続くものと思っていた。だがある日、ルルが急に姿を消した。
X9の心は嵐のように混乱したが、一本の電話が彼の平和な時間を奪った理由を告げる。
電話はかつての上司であるアクからであり、自身の王国を揺るがす存在、ジャックを始末しろという命令だった。
ルルはアクに誘拐されており、命令に従わなければ、愛犬の身に何が起こるかわからない。
X9は最早手に取ることはないと考えていた銃に手を伸ばし、仕事着に身を包む。
街に車を走らせると、何処かで煙が上がっている。車を止め、煙の発生場所を探る。
バグドロイドの残骸が転々としており、その先にはバグドロイドたちの残骸の山が出来ていた。
自身よりも高性能なはずのドロイドたちが破壊されたのを見て、X9は自身の勝算は低いと感じた。
そして雨の降る街。自身が生み出された工場の前で、X9は車を止めていた。
雨が降るのを待ちつつ、ルルの写真を眺める。雨が止み、ルルを取り戻すためにX9は車を降りた。
薄汚い工場の奥で焚火の音。焚火の明かりがターゲットの影を壁に映す。
壁に背を預け、にじり寄る。ブランクからか足下にボルトがあることに気づかず、音が響く。
銃を構えながら飛び出す。すでに相手は姿を消していた。身を隠せる場所を虱潰しに発砲する。
背後に影と下駄の音。すぐにX9は音がした方へと向かう。迷路のような工場の中での追跡劇。
弾は一発も当らず、いつの間にか電源を入れられて蘇った工場の騒音が、X9を混乱させる。
いつしかパイプが張り巡らされた区間に入り、相手の姿は全く見えなくなっていた。
音と気配のみを頼りに、銃を向ける。弾は一向に相手を捕えず、パイプを打ち抜くだけ。
パイプから溢れ出た蒸気が周囲を巡り、X9の銃身に水滴が垂れ、X9の金属の顔にも汗のように浮かぶ。
彼の焦りを、敵は自分を捉えていながら、自身は敵を捉えていない。そんな状態を水滴が表したようだ。
X9は敵の姿を捉えられないなら、相手も同じ状況に引きずり込もうと考えた。
全てのパイプに銃弾を撃ちこんで破壊すると、蒸気があたり一面を包む。
これでお互いに姿は見えず、障害物となるパイプが消えたことで、銃弾が阻まれることはない。
視界いっぱいの蒸気溢れる中で、影が一つ浮かび上がる。X9はすかさず銃弾を撃ち込む。
影は倒れた。影が倒れた場所に近づき、蒸気が晴れるのを待つ。
そこにあったのはターゲットの死体ではなく、Xシリーズの残骸。
驚愕する彼の背後で影が音もなく現れ、刀の一閃が金属を貫く音を響かせる。
敗北したX9はくずおれ、サムライ・ジャックは静かに刀を鞘に納める。
ジャックはゆっくりとその場を後にする。ジャックの背後で一瞬、倒れたロボットから音声が流れ出る。
「ルル、ルルの面倒を見なければ」。直後にロボットは完全に機能を停止した……
未来世界に現れたサムライの活躍を描くアニメ「サムライジャック」。
その中の1エピソード、「Tale of X9」。それまでの作風と打って変わって、
主人公ジャックの敵側に焦点をあてた、全体的にシックな映像とどこかノワール風な作品。
引退した暗殺ロボットであるX9の独白で始まる、この話。
本筋は、X9の生い立ちと愛犬ルルとの出会い、そして無常にも敗れ去るというだけの話であり、
X9とルルに対して何の救いもない、ひたすら「やる瀬無さ」だけ残る、子ども向けカートゥーンながら
かなり陰鬱とした話である。ここで注目すべきはX9が勝算は低いことを理解しながらも、愛犬のため、
主人公ジャックとの対決に向かうという、「生きるため」に行動することである。
このロボットには心があり、怒りといった感情、善悪の判断まで備えており、
まぁよくある設定といえるかもしれない。しかし彼の突出した部分はそこではなく、
ロボットにあるまじき「生きる」ということへの執着だろう。
暗殺ロボットとして活躍してきたときも、X9は他の仲間と違い、「破壊」されないよう、
言い換えれば「死なない」ように、立ち回り続けた。
しかし生物の場合、そこに付随する死への恐怖や、生への喜びといったものは彼に備わっておらず、
自らの仕事を「悪」だと感じつつ、やめるという選択肢はない。
さらに己と同じロボットが破壊されることに怒りは感じても、自らが殺すものに対しては
何も感じないことから、そこに他のロボットと大した違いはなかった。
それはあくまで「戦闘」において、より戦略的行動へと結ばせるための手段に過ぎなかった。
ここまでは彼がまだ、与えられた学習チップに反応していただけと思える。
しかし焼け野原になった街で出会ったちっぽけな犬の存在が、彼に変化を与える。
自分とは全く違う存在に対して、これからの生活を考え、そこから「喜び」や「慈愛」という感情を得た。
そして今までの不毛な生活に「疲れ」を感じ、自らそれを辞退した。
そして「喜び」を与えてくれた犬が消失したとき、彼は「悲しみ」を感じ、
犬に危機が迫ったとき「恐怖」とそこから「愛犬との生活を守るため」、銃を手に取る。
敵との圧倒的戦力差を目の当たりにしても、彼は「戦う」のをやめるつもりはない。
彼は生物が備えている感情を全て持ち、本当に「生きるため」に行動する。
これら一連の行動は彼が作られた本来の理由「戦闘」には全く関連しない事柄であり、彼は本当の意味で逸脱した存在になったのだ。
だが非情にも、彼は敗れ去った。愛犬のことを考え続けた彼の最期は、他のロボット同様に何ら劇的な結末はなかった。
彼の存在の消失は、またしてもジャックに敗れたアクの配下だという、たったそれだけの事実しか残らなかった。
この物語が他よりも悲愴感たっぷり且つ、白眉な理由は、主人公ジャックにとってこれが極「普通」の戦いに過ぎず、
X9の存在は、彼にとって何ら影響を与えない、取るに足らないものなのだという事実なのだ。
彼は雨が嫌いであり、それは感傷的な気分に彼をさせるからだ。
本来ロボットは感傷などという感情を抱かない。何故、その矛盾が生まれたか。
機械の頭から自身の記憶を辿りつつ、自分の出自を独白する。
かつて彼は、アク配下の科学者たちによって生み出された暗殺ロボット「Xシリーズ」の中の一体であった。
Xシリーズが生まれた理由は、アクが世界征服を手早く行うため、反対勢力の制圧のため用いられた。
彼らの仕事に感情は必要なかったが、生みの親の一人である風変わりな科学者が「面白そうだから」という理由で
物事を学んで理解し、感じる特殊な学習チップをその中の一体に組み込んだ。それがX9だった。
彼は起動後、チップによって他のXシリーズが得られない情報を学んだ。感情と善悪の知識を。
自分と仲間が行っていることは悪であると認識しつつ、反対勢力を狩り続ける。
ロボットは死や生を感じることはなかったが、X9は生きるために仕事を続けた。
彼らXシリーズの欠点は死を恐れないため愚直に攻撃し続ける事しかできず、攻撃を避けることをしなかった。
しかし他のXシリーズにはない感情を得たことから、X9は暗殺において戦略的な行動を取ることが出来た。
次々と仲間が破壊されていく中、ただ一体あらゆる攻撃を避け続けながら戦うX9。
全ての仲間が破壊された激戦の最中、湧き上がるのは仲間たちを奪われたことによる怒りの感情だった。
その感情の赴くままに破壊を繰り返す。街を火の海に変えたX9。そんな彼に奇妙な出会いがあった。
それは一匹の犬、大きくて奇妙なハート型の舌を持ち、そんな舌を出す笑顔が特徴的で、犬種はパグだった。
炎が燃え盛る中、彼はこの小さな生き物を見つめ、犬もまた彼を見つめた。
犬の笑顔に釣られてか、X9の金属で出来た顔にも笑顔が浮かぶ。彼は座り込むと犬の頭を撫で、犬を持ち上げて顔に近づける。
犬は嬉しそうに金属の顔を舐め上げた。X9はこの奇妙な出会いに感動を覚え、犬をルルと名づけ、連れ帰った。
この小さな生物との遭遇は怒りに包まれていた彼の感情を和らげ、慈愛を、そして同時に疲れを感じさせた。
彼は自らの感情に従い、仕事を辞める決意をした。丁度その頃、アクの下に主力となる次世代のロボット「バグドロイド」が完成した。
必然的に彼はお役御免となったが、彼は気にしていなかった。ルルとの新しい生活が待っているからだ。
X9はトランペットの演奏に楽しみを見つけ、ルルはそんな彼の演奏を満足そうに聴くのが日課となった。
彼はこの幸せな時間が長く続くものと思っていた。だがある日、ルルが急に姿を消した。
X9の心は嵐のように混乱したが、一本の電話が彼の平和な時間を奪った理由を告げる。
電話はかつての上司であるアクからであり、自身の王国を揺るがす存在、ジャックを始末しろという命令だった。
ルルはアクに誘拐されており、命令に従わなければ、愛犬の身に何が起こるかわからない。
X9は最早手に取ることはないと考えていた銃に手を伸ばし、仕事着に身を包む。
街に車を走らせると、何処かで煙が上がっている。車を止め、煙の発生場所を探る。
バグドロイドの残骸が転々としており、その先にはバグドロイドたちの残骸の山が出来ていた。
自身よりも高性能なはずのドロイドたちが破壊されたのを見て、X9は自身の勝算は低いと感じた。
そして雨の降る街。自身が生み出された工場の前で、X9は車を止めていた。
雨が降るのを待ちつつ、ルルの写真を眺める。雨が止み、ルルを取り戻すためにX9は車を降りた。
薄汚い工場の奥で焚火の音。焚火の明かりがターゲットの影を壁に映す。
壁に背を預け、にじり寄る。ブランクからか足下にボルトがあることに気づかず、音が響く。
銃を構えながら飛び出す。すでに相手は姿を消していた。身を隠せる場所を虱潰しに発砲する。
背後に影と下駄の音。すぐにX9は音がした方へと向かう。迷路のような工場の中での追跡劇。
弾は一発も当らず、いつの間にか電源を入れられて蘇った工場の騒音が、X9を混乱させる。
いつしかパイプが張り巡らされた区間に入り、相手の姿は全く見えなくなっていた。
音と気配のみを頼りに、銃を向ける。弾は一向に相手を捕えず、パイプを打ち抜くだけ。
パイプから溢れ出た蒸気が周囲を巡り、X9の銃身に水滴が垂れ、X9の金属の顔にも汗のように浮かぶ。
彼の焦りを、敵は自分を捉えていながら、自身は敵を捉えていない。そんな状態を水滴が表したようだ。
X9は敵の姿を捉えられないなら、相手も同じ状況に引きずり込もうと考えた。
全てのパイプに銃弾を撃ちこんで破壊すると、蒸気があたり一面を包む。
これでお互いに姿は見えず、障害物となるパイプが消えたことで、銃弾が阻まれることはない。
視界いっぱいの蒸気溢れる中で、影が一つ浮かび上がる。X9はすかさず銃弾を撃ち込む。
影は倒れた。影が倒れた場所に近づき、蒸気が晴れるのを待つ。
そこにあったのはターゲットの死体ではなく、Xシリーズの残骸。
驚愕する彼の背後で影が音もなく現れ、刀の一閃が金属を貫く音を響かせる。
敗北したX9はくずおれ、サムライ・ジャックは静かに刀を鞘に納める。
ジャックはゆっくりとその場を後にする。ジャックの背後で一瞬、倒れたロボットから音声が流れ出る。
「ルル、ルルの面倒を見なければ」。直後にロボットは完全に機能を停止した……
未来世界に現れたサムライの活躍を描くアニメ「サムライジャック」。
その中の1エピソード、「Tale of X9」。それまでの作風と打って変わって、
主人公ジャックの敵側に焦点をあてた、全体的にシックな映像とどこかノワール風な作品。
引退した暗殺ロボットであるX9の独白で始まる、この話。
本筋は、X9の生い立ちと愛犬ルルとの出会い、そして無常にも敗れ去るというだけの話であり、
X9とルルに対して何の救いもない、ひたすら「やる瀬無さ」だけ残る、子ども向けカートゥーンながら
かなり陰鬱とした話である。ここで注目すべきはX9が勝算は低いことを理解しながらも、愛犬のため、
主人公ジャックとの対決に向かうという、「生きるため」に行動することである。
このロボットには心があり、怒りといった感情、善悪の判断まで備えており、
まぁよくある設定といえるかもしれない。しかし彼の突出した部分はそこではなく、
ロボットにあるまじき「生きる」ということへの執着だろう。
暗殺ロボットとして活躍してきたときも、X9は他の仲間と違い、「破壊」されないよう、
言い換えれば「死なない」ように、立ち回り続けた。
しかし生物の場合、そこに付随する死への恐怖や、生への喜びといったものは彼に備わっておらず、
自らの仕事を「悪」だと感じつつ、やめるという選択肢はない。
さらに己と同じロボットが破壊されることに怒りは感じても、自らが殺すものに対しては
何も感じないことから、そこに他のロボットと大した違いはなかった。
それはあくまで「戦闘」において、より戦略的行動へと結ばせるための手段に過ぎなかった。
ここまでは彼がまだ、与えられた学習チップに反応していただけと思える。
しかし焼け野原になった街で出会ったちっぽけな犬の存在が、彼に変化を与える。
自分とは全く違う存在に対して、これからの生活を考え、そこから「喜び」や「慈愛」という感情を得た。
そして今までの不毛な生活に「疲れ」を感じ、自らそれを辞退した。
そして「喜び」を与えてくれた犬が消失したとき、彼は「悲しみ」を感じ、
犬に危機が迫ったとき「恐怖」とそこから「愛犬との生活を守るため」、銃を手に取る。
敵との圧倒的戦力差を目の当たりにしても、彼は「戦う」のをやめるつもりはない。
彼は生物が備えている感情を全て持ち、本当に「生きるため」に行動する。
これら一連の行動は彼が作られた本来の理由「戦闘」には全く関連しない事柄であり、彼は本当の意味で逸脱した存在になったのだ。
だが非情にも、彼は敗れ去った。愛犬のことを考え続けた彼の最期は、他のロボット同様に何ら劇的な結末はなかった。
彼の存在の消失は、またしてもジャックに敗れたアクの配下だという、たったそれだけの事実しか残らなかった。
この物語が他よりも悲愴感たっぷり且つ、白眉な理由は、主人公ジャックにとってこれが極「普通」の戦いに過ぎず、
X9の存在は、彼にとって何ら影響を与えない、取るに足らないものなのだという事実なのだ。
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